「うちの子には無理です」は本当なのか?──私は生徒の可能性を少し大きめに見ています
授業をしていると、よくこんな言葉を聞きます。
「医学部なんて無理です」
「そんな研究テーマは思いつきません」
「自分には才能がありません」
もちろん、謙遜の場合もあります。
しかし、本気でそう思い込んでいる生徒も少なくありません。
私は長年、国語・英語・小論文の指導をしてきました。
その中で感じるのは、
子どもたちは実際の能力以上に、自分を小さく見積もっていることがある
ということです。
たとえば、
「自分には研究なんて無理です」
と言う生徒がいます。
しかし話を聞いていると、
・なぜそれが気になるのか
・なぜその経験が忘れられないのか
・なぜその問題に違和感を持つのか
について、意外なほど深く考えていることがあります。
私はそんなとき、
「それ、おもしろい研究テーマになるかもしれないよ」
と言います。
すると生徒は驚きます。
自分では当たり前だと思っていたことが、問いになるとは思っていなかったからです。
学校教育は「型」を教える
学校教育には大切な役割があります。
基礎知識を身につけること。
論理的に考えること。
ルールを学ぶこと。
しかし一方で、
「正解から外れないこと」
に意識が向きすぎる場合もあります。
模範解答。
評価基準。
正しい書き方。
それらはもちろん必要です。
ただ、それだけになると、
生徒は次第に
「自分はこのくらいの人間だ」
という枠を作り始めます。
私が小論文指導で大切にしていること
小論文や志望理由書は、
単に文章を書く作業ではありません。
「自分は何に興味があるのか」
「なぜそのテーマが気になるのか」
「本当は何を知りたいのか」
そうした問いと向き合う作業です。
だから私は、
生徒の言葉をよく聞きます。
そして、ときには本人より少しだけ大きな可能性を見ようとしています。
「それ、本当に無理かな?」
「もう少し考えてみようか」
「研究テーマとして整理してみようか」
そんな対話の中から、
生徒自身も気づいていなかった興味や可能性が見えてくることがあります。
教育とは何だろう
教育とは、
できることを確認する作業なのでしょうか。
それとも、
まだ見えていない可能性を見つける作業なのでしょうか。
私は後者の要素も大切だと思っています。
小論文や志望理由書の指導を通して、
単に受験対策をするだけではなく、
生徒自身が
「自分は何を考えている人間なのか」
を発見する時間をつくりたい。
そう考えています。
おわりに
「自分には無理です」
そう思っていた生徒が、
数か月後には自分の問いを語り始めることがあります。
その瞬間を見るたびに、
人の可能性は本人が思っているより大きいのかもしれない、と思います。
小論文や志望理由書で悩んでいる方は、お気軽にご相談ください。
一緒に問いを見つけるところから始めましょう。
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