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英語

#101 本邦初の本格的英和辞典~『英和対訳袖珍辞書』~

2022/12/23

英語学習に欠かせない道具の1つに「英和辞典」があります。

今の日本では実に様々な種類の英和辞典が販売されていますが、最初に出版された英和辞典とはどのような物だったのでしょうか?

*     *     *

今から160年前の1862年、『英和対訳袖珍辞書』という題名の英和辞典が刊行されました。

「袖珍」とは「ポケット」のことです。つまり、ポケット版(携帯用)の英和辞典ということですね。(ただし、ポケット版と銘打ってはいますが、実物のサイズは今売られている一般的な英和辞典よりも少し大きいくらいだったそうで、実際にポケットに入れるのは難しかったはずです…。)

明治元年が1868年なので、1862年は時代的にはまだ幕末です。

この辞書の中心的な編集者は、江戸幕府の洋書調所(洋学の研究機関で、東大の前身)の英学教授でした。

立教大学図書館所蔵

さて、では日本初の英和辞典の記述とはどのようなものだったのでしょうか?いくつかの単語を調べてみましょう📖

まずはboyを引いてみると…

 

なんと、「少年」ではなく「童子(どうじ)」という古めかしい日本語訳が。(英語は横書きで、日本語は縦書きとなっていて、今の私たちには読みにくいレイアウトになっていますね。この時代の日本人には、日本語を横書きするという発想がおそらくなかったのでしょう。また、英語の方はオランダから幕府に献上された鉛活字による活版印刷ですが、日本語の方は手彫りの木版刷りとのことです。)

ではgirlはどうでしょうか。

こちらは今でも使う「少女」となっています。

さて、この辞書で「稽古所」と訳されている、誰でも知っている英単語は何でしょうか?


「𠩄」という見慣れない漢字は、「所」の俗字(世間一般で通用しているが、正式ではない漢字の書き方)だそうです。

schoolに「学校」という訳が充てられるのは、明治になってからなのでしょうか?

今では「ペン」と訳すpenは、当時は

「洋筆」、つまり西洋の筆ということですね。

ではpencilはどうかというと、

ずいぶんと仰々しい訳ですが、当時はまだ「鉛筆」という言い方は無かったのでしょう。

ところで、Iやyouはどのように訳されていたのでしょうか。

Iは「吾(われ)」、youは「汝(なんじ)」と訳されていて、いかにも時代を感じさせます。

気になったのは、busを引こうとしても見出し語に無いことです。この時代には、バスという乗り物は無かったのでしょうか?

確かに日本で最初にバスが運行されたのは1903年ということなので、日本にはまだこの頃はバスという乗り物はありませんでした。

しかし、19世紀前半にロンドンでバスが走っていたことからすると、19世紀後半に作られた『英和対訳袖珍辞書』にbusがあってもよさそうです。

busという見出し語は無いのですが、omnibusという見出し語はありました。「車ノ名」という訳(?)が載っています。

実は、busという英単語はomnibusのomni-が省略されてできた単語です。(omni-は「全て」という意味です。つまり、「全ての人のための車」ということです。)19世紀後半には、短縮形のbusではなく、元のomnibusの方が一般的だったのでしょう。

いずれにせよ、まだ日本で走ってもいない乗り物に対して、「車ノ名」としか書けないのは無理のないことでした。

さて、世の中には様々な学問名がありますが、「窮理学」とは一体どのような学問か想像が付くでしょうか?

「斈」はふだん見ることのない漢字ですが、「学」の旧字体である「學」の俗字だそうです。

「物理学」のことを、昔は「窮理学」と言っていたのですね。

ちなみに、今で言う「化学」が当時どのように呼ばれていたのかというと、

分離術!

こうして見ると、昔の英和辞典を引くと昔の日本語についてもいろいろな発見がありそうです。

*     *     *

今日の英和辞典の水準からすると、『英和対訳袖珍辞書』の記述内容はあまりに乏しく、英和辞典どころか受験用の英単語集よりも各語の情報量は少ないと言えるかもしれません。

しかし、鎖国政策が解かれたばかりで、先行する英和辞典もほぼ無かった時代に、1859年の辞書編纂の幕命からたったの3年で、本邦初の本格的な英和辞典が完成したことは、やはり驚異的な偉業なのです。

実は、この辞書以前にも英和辞典は作られてはいます(19世紀前半)。しかし、その辞書は

・手書きの写本であった

・幕府に献上され、一般に公開されることはなかった

という点で、今日的な辞書のイメージとは大分かけ離れたものでした。

活字で印刷され、一般に公開(販売)されたという意味において、『英和対訳袖珍辞書』をもって英和辞典の嚆矢とすることができるでしょう。(ちなみに、この辞書の当時の価格は2両を超えていたそうです。今の感覚だと、一説では3万円以上になるとか。)

本辞書は、当時澎湃として湧き起こってきていた英語学習の必要性が生み出したものであるのはもちろんですが、当時としてのその水準の高さは、蘭学の伝統に裏打ちされたものであったと思われます。

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