「けんぼう」の冒険
けんぼうは「けんぼう」と決まっている。今日、3年C組の教室ではどよめきが起きた。けんぼうの苗字が「雨宮」だとわかってけんぼう以外の生徒全員が驚いたからだ。下の名前は「健斗」で、まれに「けんと」「けんちゃん」と言われることがないわけではないが、やはり「けんぼう」が一番しっくりくる。全体的な雰囲気が「け・ん・ぼ・う」なのだ。
彼は大人しいが人懐っこくて、親しまれている。この中学では比較的少数派の小学校出身である。中1の頃から、先生までもが「けんぼう」と呼んでいて、とにかくその子は「けんぼう」なのだ。それなのに、今日、新任の先生の、「はい、じゃあ、次、雨宮君。」というひと言で、覆されたのである。
実際には、中3になるまで苗字をクラスメイトに知られないなどということは、あり得ない話である。だが、英語の勉強では、本当にそのような場面があるのだ。中学一年で「進行形」というものを習う。その際には「be動詞のあとに動詞のing形をつけ加えて作る。」と教わる。だから、studyingのような語は「ing形」というのだな、という認識をもつ。その後、二年生で動名詞の単元でその形が登場するが、ここでもing形というの呼び名で処理される。「雨宮健斗」があくまでも「けんぼう」であるのと同じように、ing形はとにかく「アイエヌジーけい」なのだ。ところが、三年生になると突然、その正式名称が明かされる。名前は「現在分詞」だ。どこか、違和感をもってしまう。
もともと「イング」という表現は、外来語として日本語に定着しやすいと思う。「クッキング」「スイミング」「ショッピング」のように、多数ある。だからこそ、ing形にも親近感を感じてしまうし、頭にも残りやすい。動詞の語形変化の問題で、わからないで書き込む誤答の第一位はing形だと、経験上思っている。人気があるのだ。それなのに、何が「現在分詞」だ。何故か「よそよそしい」感じだ。「それ、進行形じゃないんですか。」という生徒の質問は、納得できる疑問だと率直に思う。「進行形というのは、料理名みたいなもので、食材としてはbe動詞と、この現在分詞の二つが必要だ。現在分詞は単なる食材の名前だな。」という説明はするが、なじみにくいことに変わりはない。
「けんぼう」は「けんぼう」だがときどきひっくり返して「ぼうけん」などという呼び名になることもある。「現在分詞」という立派な名前をもらったing形は、形容詞的用法という新たな用法で「冒険」にでるし、それを踏まえて高校ではさらに深く学習する。ついでながら、同じ形の動名詞とは完全に別のものである。姿がまるで同じの、「別人」だ。ややこしい話である。
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