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#114 辞書の進化~情報の訂正・追加・削除~

2023/5/12

辞書では「版」によって、その辞書が何回改訂されたかが分かるようになっています。

その辞書が初めて発売された時は「初版」と言い、年月が経って改訂されるたびに「第2版」「第3版」・・・と版数は増えていきます。

一方、「刷(すり・さつ)」という数え方もあって、これはどれだけ増刷されたかを示すものです。「版」は改訂のたびに変わるので、辞書の内容の変化を伴いますが、「刷」はただの増刷なので、基本的に辞書の内容に変化はありません(刷が変わると誤植が訂正されることはあるようです)。

ちなみに、昔の辞書では「版」と「刷」の区別がいい加減なこともありました。増刷のたびに版数の方を増やしていくことが珍しくなかったのです。つまり、今の時代の辞書なら「第2刷」と表記すべきところを「第2版」と表記することがあったのです。

今から100年近く前に発行された英和辞典の奥付

この画像は、昭和初期に刊行された英和辞典の奥付ですが、昭和3(1928)年3月1日に「初版」が発行され、それから3週間も経っていない同年3月20日には「5版」を発行したことになっています。もちろん3週間足らずで辞書の内容が4回も改訂されたはずはなく、ここの「5版」は今で言う「5刷」のことであると容易に想像が付きます。(「廿」という見慣れない漢字は「二十」の意味です。「十」の字を二つ横に並べて作られた漢字とのこと。また、定価が「3円50銭」と書かれているのも見えます。当時の1円と今の1円の価値がどれくらい違うのかは一概には言えないようなのですが、だいたい数千倍の違いはあったということはできそうです。仮に3,000倍の価値の違いがあるとすると、この辞書は今の1万円以上になりそうですが、この辞書が大辞典であることなども考えると、もしかしたら今の4~5万円くらいにはなるのかもしれません。)

*     *     *

さて、一般に辞書というものは「新しければ新しいほど良い」と考えられています。

「初版」よりも「第2版」、「第2版」よりも「第3版」の方が内容が良くなっているはずだというのが、世間一般の考えです。

もちろんこの考えは基本的に間違っているわけではありません。どの辞書編集者も、前の版より内容を悪くしようなどと考えて改訂するはずはなく、新語や新語義の追加、用例の刷新、新機軸の導入などで、辞書の内容をより良くしようとしているのは確かです。

しかし、紙の辞書には常に「紙数」という制約が付きまとってきます。版を重ねるたびに新語・新語義を追加していけば、当然ページ数はどんどん増えていくわけです。

『ジーニアス英和辞典』初版・・・収録語数75,000/2,005ページ

『ジーニアス英和辞典』第6版・・・収録語数106,000/2,395ページ(巻末のPicture Dictionaryは除く)

このデータに基づいて単純計算すると、初版では1ページあたり37個の語句を、第6版では1ページあたり44個の語句を扱っていることになります。

このことから、1つの語句に割かれているスペースは、初版よりも第6版の方が少なくなっているということ、つまり新語・新語義が追加されてきた裏では削除されて消えて行った情報があるという推測が成り立つのです。


ここからは、初版から最新第6版の項目を具体的に見比べて、内容が充実した例と、逆に内容が貧相になった例とを紹介していきたいと思います。

Christmas

初版

初版では、「クリスマスの時期」を表すChristmastideという古風な表現が見られます(今ではChristmastimeと言います)。on Christmas afternoon [evening]は誤りで、on the afternoon [evening] of Christmasが正しい言い方であるという細かい注意もされています。また、Merry Christmas!にはA Merry Christmas!/Merry Christmas to you!/A Merry Christmas to you!のようにさまざまなバリエーションがあることも示されています。

2版も記述内容はほぼ一緒なので割愛して、3版を見てみましょう。

3版

最後の注記⑵が、2版までには無かったものです。⦅PC⦆というラベルはpolitically correct(政治的に正しい)の略で、3版で初めて導入されました。性差別・人種差別などに通じる差別的な表現に対して、中立的な表現を示す時に使われます。(ブログ#18で見たように、1970年代以降、アメリカの黒人をNegroという言い方で呼ぶことは差別的・侮蔑的な響きがあります。2001年発行の3版では「⦅PC⦆black person」と示すことで、Negroではなくblack personという言い方が中立的で望ましいことを示しています(ただし今はAfrican Americanが最も一般的)。)

話をChristmasに戻すと、3版の「⦅PC⦆の立場からは」という書き方は、「クリスマスの時期に出会う人が全員キリスト教徒とは限らない」という観点を示しています。たとえば、イスラム教徒に向かってMerry Christmas!と挨拶するのは不適切なので、I wish you a happy holiday.やSeason’s Greetings!という、宗教的に無色透明な挨拶をするのが無難であると説明しているのです。英語学習者にとっては、こうした注意書きは特に有用だと思います。

4版

4版での大きな変更点は、3版までは誤りとされていたon Christmas eveningが正しい表現として示されていることです。また、Merry Christmasにto youを付けると最初にAを付けるのがふつうという情報も、3版まではありませんでした。そして、Merry Christmasの⦅PC⦆表現として、3版のものに加えて、Holiday Wishes!/Happy Holidays!とも言えるというように、英語学習者に役立つ情報がさらに増えています。

5版

最初に目につくのは、yuleというクリスマスを表す古風な同意語が削除されたこと、ChristmastideがChristmastimeに変わったことです。また、4版まであった「cf. Hanukkah」が消えています。

細かい話ですが、例文中の見出し語(ここではChristmas)がちゃんとスペルアウト(略されずにそのままの形で書かれている)されています。4版までは、例文の中の見出し語は「~」という記号で略されて表記されていました。例文に出てくる見出し語を「~」と略すか、それともちゃんと略さずにスペリングで示すかは辞書によってまちまちですが、ジーニアスは5版から「~」を棄ててスペルアウトする方向に踏み切りました。(そもそも「~」という省略記号がなぜ辞書で用いられるかと言うと、専らスペースの省略のためです。辞書の編集とは常にスペースとの戦いのため、なるべくたくさんの情報を盛り込もうとすれば、例文中の見出し語をそのまま書くよりも、「~」という記号1つで済ませた方が圧倒的にスペースの節約になります。5版以降のジーニアスは、スペースの節約を放棄して、その代わりに見易さを取ったということなのでしょうが、果たしてジーニアスのような(超)上級学習英和辞典にとってそうした方向転換が正しいのかは大いに疑問ですし、そもそも「~」の使用で読みにくいと感じる層はジーニアスを引きこなせないはずなのですが・・・。4版のページ数が2,249に対して、5版のページ数が2,457と200ページも増えていますが、これが決して「情報の増加」によるものではなく、「~」というスペース節約のための省略記号の放棄によるものであることは容易に想像できます。)

6版は5版との違いは特にありません。

初版から見比べてみると、版を重ねるにつれて、記述の訂正・追加・削除があることが具体的に分かってもらえたのではないかと思います。このChristmasの例では、記述内容は概ね進歩していったと言うことができるでしょう。


earth

初版

earthについては図版の有無に注目して見ていきたいと思います。

まず初版では、North Pole「北極点」、latitude「緯度」、longitude「経度」、meridian「子午線」、equator「赤道」などが書き加えられた地球の図が載っていて、earthにまつわる関連語彙を広く一望できるように工夫されています。これは2版でもそのまま引き継がれています。

3版

しかし3版では、学習者にとって有益なこの図は忽然と姿を消してしまいます!不要だから削除されたわけではなく、単にスペースを生み出すために消されてしまったのでしょう・・・。初版・2版では、この図は15行分ほどのスペースを使っていました。

4版

しかし、なんと次の4版では、地球の図は見事復活を果たしました!しかも驚くことに、図が大きくなり、とても見易くなっています。初版と2版では、横幅が1つのコラムに収まるように描かれていたのですが、4版ではコラム2つ分(ページの横幅全体)のスペースがあてがわれるというとても贅沢な(?)扱いになっています(行数で言うと40行以上のスペース!)。細かく見ていくと、なぜかmeridian「子午線」は書かれていません。また、初版・2版ではlatitude「緯度」、longitude「経度」となっていたのを、それぞれline of latitude「緯線」、line of longitude「経線」と正しく書き直されいるのが分かります。「緯度」「経度」は、地球上の任意の地点を表す座標(「度」は角度)のことで、図にあるような仮想の線は「緯線」「経線」と呼ぶのが正しいので、英語でもlineを使うべきだと言えます。

さて、この図は幸いに5版にもそのまま残ることとなりました。では、最新版ではどうでしょう?

6版

嗚呼、このような有用な図を消してスペースを生み出すくらいなら、省略記号「~」を復活させてほしいのですが・・・。

*     *     *

ここで扱ったChristmasとearthの変遷は、ジーニアス英和辞典のごくごく一部の例に過ぎず、他の語でも様々な諸行無常のドラマ(?)があるに違いありません。

私がここで伝えたかったのは、新しい版は古い版よりも常に優れているとは限らないということでした。人の世と同じく、辞書の世界もまた、「新しければ新しいほど良い」という単純な進歩史観は通じないと個人的には思っています。

そして、こうした記述の変化を楽しめるのは、紙の辞書だからなのかもしれません。スペースの際限の無いデジタルの世界では、ここで見たような情報の削除はあまり起こらないでしょう。

しかしそれが望ましい事なのかはまた別問題です。無限のスペースは、辞書に載る情報の玉石混交を招くかもしれません。スペースが限られているからこそ、編集者は真に必要な、価値のある情報だけを載せようとします。限られた資源だからこそ、それを大切に使おうとするのです。

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