英語

#80 アボリジニーのことばから来たkangaroo

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2022/4/25

オーストラリア原産であり、オーストラリアを象徴する動物と言えるカンガルーを指す英単語・kangarooは、オーストラリア先住民・アボリジニー(☞ブログ#71)の言語から来ています。

イギリス人で初めてカンガルーを見たのは、オーストラリアを探検したキャプテン・クック率いるイギリス人たちだとされています(1770年)。初めて見る動物の名前を現地の先住民に尋ねたところ、返ってきた答えはgaηurruということばでした。これが英単語のkangarooの語源となったわけですが、かつてはこの現地語は「私はあなたの言っていることが分からない」という意味だとされていました。

20年位前に出版されたある英和辞典のkangarooのところには、語源として

Captain Cookがオーストラリア先住民にこの動物の名を尋ねたところ、kangaroo((質問の意味が)分からない)と答えたことから

と説明されています。

この英和辞典とほぼ同時期に出された別の英和辞典では、

現地語で「知りません」とするのは俗説

と書かれています。

つまり、同時期に出版された英和辞典で、kangarooの語源の説明が一致していないのです。

私も昔どこかで「kangarooは『分からない』という意味のオーストラリア先住民のことばが語源」と聞いたような気がするのですが、改めて調べると、なんとそうした説明は正しくないということが分かりました。

ここ10年以内に出版された学習英和辞典の中で、この単語の語源について具体的に触れているものは、私の調べた限りでは「ウィズダム英和辞典」だけでした。そこには

オーストラリア先住民語ganguruu(跳ぶもの)が語源で「知らない」は俗説

と書かれています。

面白いのは「ジーニアス英和辞典」で、最新の5版(2014年刊行)では

オーストラリアの現地語

としか書かれていないのですが、4版(2006年刊行)だと

オーストラリア一部地域での現地語より。現地語で「知りません」とするのは俗説

という感じで、最新の5版よりも詳しく説明されています。さらに遡ってみると、3版(2001年刊行)と2版(1994年刊行)がともに

「飛び跳ねるもの」が原義

という語源情報を載せていました。初版(1988年刊行)は語源については触れていませんでした。

今では絶版の「ヤングジーニアス英和辞典」(1992年刊行)では、

「飛びはねる物」が原義

という語源説明をした後で、

Q 「カンガルー」という語の由来にはほかの説もあるようですが。

A 一説によると、探検家のクック(Cook)が原住民に尋ねたらkangarooと答えたが、これは実はI don’t know.という意味だった、ということです。しかしこれはどうも作り話のようです。

というように、実に分かり易く俗説についてまで説明しています。

こちらも今では絶版の「アプローチ英和辞典」の2版(1988年刊行)では、

イギリスの探検家ジェームズクック(James Cook、通称Captain Cook)が1770年にオーストラリア(Australia)のクイーンズランド(Queensland)でこの動物を見て、土地の人にその名を尋ねたときにその人はkangarooと答えたといわれる。kangarooとは土地のことばで「跳ぶ動物」(the jumpers)という意味であったとも、「あなたのいっていることがわからない」(I don’t understand.)という意味であったともいわれている。

とかなり詳しく説明しています。2つの語源説を併記するに止め、どちらが正しいかという判断までは示していません。

私もこれまで日本で出版された全ての英和辞典を調べたわけではないので明確な結論を出すことはできませんが、学習英和辞典の世界では、遅くとも1980年代にはkangarooの語源について2つの説が唱えられていたこと、そして1990年代には「知りません」説は俗説とみなされていたことが分かります。

実は、今のところ正しいとされるkangarooの語源は、「跳ぶもの」でも「知りません」でもなく、「大型で黒い色をしたカンガルーの1種」とされています。つまりイギリス人に動物の名前を訊かれたオーストラリア先住民は、「カンガルー」という一般的な名称を答えたのではなく、カンガルーの種類の1つの名前を言ったということらしいのです。たとえば、「あの動物は何ですか?」と訊かれて、「犬です」と答えるのではなく、「ブルドッグです」と答えるようなものでしょうか。

*     *     *

今のkangarooの例のように、ことばの語源の中には、学問的には間違ってはいても、人々によって広く信じられている俗説というものがあります。これは「民間語源」とも呼ばれるものですが、日本語にも例はあります。

たとえば「ネコ」の語源として、「よく寝(ネ)る子(コ)だからネコという」みたいな話をどこかで聞いたことはないでしょうか?言われてみると確かにネコはよく寝ているし、ついつい信じてしまいそうな語源説ですが、これが民間語源と言われるものです。

「大辞泉」によると、

「ね」は鳴き声の擬声、「こ」は親愛の気持ちを表す接尾語

とのこと。

もう1つ、「銀ぶら」の語源についても民間語源というのがあるのをご存じでしょうか?

「銀ぶら」の正しい語源は「座をぶらぶら歩く」ですが、「座でブラジルコーヒーを飲むから銀ブラと言う」とする説もあります。これはもちろん民間語源であり、間違った語源説ということになります。

ですが驚くことに、とあるコーヒー関連の書籍では、

「銀ブラ」とは本来は銀座にあるカフェー パウリスタでブラジルコーヒーを飲むことの略。銀座をぶらぶら、ではないのです。

という具合に、民間語源説が正しく、国語辞典にも記載のある正しい語源説が誤りとされていました!しかし、ここで名前を出されている「カフェーパウリスタ」自体は、「銀ブラ」の語源として正しい説を取っているのが面白い!?

銀ブラをしていると思われる昭和初期のモガ(=モダンガール)

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