偏差値の頭打ちを突破するのは「読書習慣」では
昨日、ふと本棚を整理していたときのこと。
何気なく手に取った一冊が
『展望 日本の児童文学』でした。
大学の授業で使っていた教科書です。
当時の本はあらかた処分してしまったのですが
(今思うと、なんともったいない……)、
手元に残った貴重な3冊のうちの一つ。
パラパラとめくってみると、
岩谷小波や壺井栄のページに
線が引かれていました。
当時の私は、作品そのものよりも
「作者が何を考えていたのか」という背景に
強い興味を持っていたようです。
今は仕事で本を読むことがほとんどで、
自由に読書していた学生時代を
とても懐かしく思いました。
テクニックだけでは越えられない壁
私は日頃、国語の家庭教師として
「感覚に頼らない読解」を教えています。
現代文や古文において、
読書習慣がなくても、
ルールや技術さえ正しく習得すれば、
偏差値を引き上げることは可能です。
でも、授業を通じて多くの生徒を見てきて、
ある事実に突き当たります。
それは、いつかどこかで
「頭打ち」になる瞬間があるということです。
共通テストでいえば、7割まではいける。
けれど、そこから8割、9割の壁を
楽々と越えていけるか。
その差を分けるのは、
やはりそれまでの「読書量」だったりします。
いわば、「思考のOS」の基礎体力のようなもの。

「思考のOS」を耕す読書
最近では、京都大学大学院出身の猪俣先生などが、
読書の有用性を科学的根拠(エビデンス)に基づいて
解き明かしてくれています。
読書がもたらすのは、
単なる「知識」ではありません。
・語彙力・読解力・学力
・論理的思考力
・クリティカル思考(批判的・創造的な視点)
・情動理解・共感性
これらはすべて、情報を正しく処理し、
納得を導き出すための思考のOSの基礎と
言えるのではないでしょうか。

10数年かけてコツコツとアップデートし続けてきた子と、
全く手をつけてこなかった子。
いざ受験という場面において
読解法の飲み込みの早さや、
自由自在に操れるまでの時間に差が出るのは、
ある意味当然のことかもしれません。
1日30分の読書ならできるかも
とはいえ、今から無理に長時間の読書に
取り組む必要はありません。
研究によれば、読書は時間の長さよりも質。
中学生なら1日30分、
小学生なら30分〜1時間程度が、
最も「ちょうどよい」と言われています。
受験という難関を乗り越えるため、
そして、その先の人生で出会う課題を整理し、
解決策を導き出すためにも。
今日から1日30分、親子で読書の時間を
取ってみてはいかがでしょうか。
