たとえたとえでたとえてもたとえられない例
美咲先生は「すもも小学校」に大学新卒で赴任したばかりの1年生教師。元気過ぎる児童たちに多少は手を焼きながらも、夢であった小学校教諭の仕事だから、不平を言えば、罰が当たると思っている。
4年2組。1時間目は、国語の時間。「みんな、たとえって分かるかな。そうねぇ、じゃあ、星を何かにたとえてみよう。分かる人は手を挙げて。」説明の流れの中で、「たとえ」という事柄が出てきたので、問うてみた。いっせいの挙手。こういう場面で元気がいいのは好ましい。
「はい、颯太君。」指名された颯太君が答える。「ええっと、海王星。」おお、というどよめきが起きる。太陽系の中でも目立たない星を出すところが颯太君らしい。「はい、じゃぁ結菜(ゆいな)ちゃん。」結菜ちゃんはにこりとして「月です。」と答える。「月は星と違うと思います。」と誰かの発言。教室内の何割かがそれに賛同するような空気だ。「いいえ、月も星の一つよ。地球に近すぎて大きく見えるから、あんまり星っぽくないけどね。」そうか、という納得の雰囲気で教室が静まる。
「はいっ。」元気よく龍之介君の手が挙がる。「じゃぁ、龍之介君。」龍之介君は立ち上がりこう言った。「うめぼし。」爆笑が起きる。いつもこうである。龍之介君の発言は笑いを呼ぶ。しばらく収まらない。
「正解。龍之介君が正解よ。」ええっ。疑問符が教室じゅうに散らばる。「何故だか分かるかな。たとえるということはそういうことなの。例を出すなら火星でも金星でもいいけどね。もし、夜空に赤っぽく輝く星があり、それを龍之介君が梅干しにたとえたんだったら、龍之介君は天才ね。」
小学4年生がどこまで理解したかは分からないが、美咲先生の言うとおりである。例と比喩は別のものである。比喩の場合でも「例える」と表記することがあるために、混同しがちだが、この二つを明確に区別することは国語力ではきわめて大切だと考える。
説明的文章は、「抽象と具体の連鎖」である。より大きな一括り、先の場合なら「星」がそれに当たる。そして、大まかなカテゴリーの中に属する細かな項目を出すのが例示だ。海王星、月、火星、金星などが「星」の具体的な例というわけである。筆者が意見を述べる論理的文章で、「論理的に意見を書こうとする」とどうしても内容が抽象的になり、読みにくい。そこで、具体的な例を書いて文章を書こうと筆者は心がけるものなので、例示の分量の方が多くなってしまいがちだ。読みとる側としては、その中から少量しかない「抽象的な意見」をいかに見つけ出せるか、それが読解力の一つである。
文学的文章の場合は「比喩」の方が大事である。特に詩などの韻文はこれが命と言ってもいい。直喩と隠喩の違いなどについてはまた、機会を改めて書くが、小説文の中にもこっそりと比喩表現が含まれる場合があり、そこが問いにもなりやすい。すもも小学校の話なら、「うめぼし」を文脈の中で本物の星と勘違いしてしまうようなもので、混乱を招く。比喩とは「あるもの(こと)を(共通した性質はあるが)まったく別のあるもの(こと)に置き換えること」だ。文学的文章の読解は「比喩をいかに客観的事実に戻せるか」がかぎになることが多い。例と比喩。これをきちんと区別して欲しい。
補足だが、タイトルの「たとえ、たとえでたとえてもたとえられない例」を品詞分解してみるとこうなる。最初の「たとえ」は副詞、次の「たとえ(で)」は「たとえ」が比喩の意味で名詞、次の「たとえ(ても)」と「たとえら(れない)」が比喩の意味で動詞、そして「例」は例の意味の名詞である。日本語は難しい。
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