祝辞から見えた身体性ーー劇作家・野田秀樹さんの東大入学式祝辞
AIにないもの
少し前に話題になった
今年の東京大学の入学式祝辞。
野田秀樹さんの個性と知性が
字面だけでも伝わってくる。
すごい物書きの個性とは
こういうものなのかと思わされました。
内容の素晴らしさは
いろいろありますが、
私が気になったのは
「AIには人間の体がない」
というくだり。
つまり「身体性」について
言及されていたことです。
AIとの境界線
どの分野でも注目されているAIですが
私が小論文のコースを設けている
芸術界やマスコミ界でも
人間との違いはよく議論されています。
特に芸術の世界では
AIアートにまつわる議論が
白熱しています。
AIが描いた作品は芸術と言えるのか……。
芸術系志望の生徒とも
つい先日その話をしたところでした。
身体を通した知覚
そのとき紹介したのが、
フランスの哲学者である
モーリス・メルロー=ポンティ。
彼が重視したのは
「身体を通した知覚(体験)」です。

・人は頭だけで世界を理解するのではなく、身体を通して世界を感じる
・絵画などの芸術は、身体的な知覚の経験を表現したもの
・例えば、画家はただ物を見るのではなく、身体で世界を感じながら描く
野田さんの祝辞と共通するところがあり、
かつ「身体性」は現代文でも頻出のジャンル。
AIと人間の共存というテーマは
これから入試でも小論文でも
避けては通れない問いになるでしょう。
そのとき「身体性」についての視点は
何かしらのヒントをもたらしてくれるはず。
昔から、東大入学式の祝辞は
教材としてもよく取り上げられています。
来年は誰が、どんな祝辞をするのか。
今から少し楽しみです。
しかし、
「野田秀樹だれそれ?」
状態の新入生もいたそうで……。
若者には、勉強だけでなく
「一見、受験には無関係に見える世界」にも
手を伸ばしてほしい。
身体を動かし、世界を肌で感じ、
AIには決して真似できない
「自分だけの知覚」を
育んでほしいと願っています。